★アシモフファン以外の人は読まないでください。
久々に映画を見てきました。実に前回はたぶんキューティーハニーなので、実に4ヶ月くらいぶりです。なんとなくしばらく我慢していました。
見た映画は「アイ,ロボット」です。根っからのアシモフファンとしては、見逃すわけには行かないところです。
それにしても、(ぼくと映画の話をしたことがある人は耳にタコだと思いますが)なんでなんでもかんでもタイトルをカタカナにするんでしょう。ロードオブザリング(「指輪物語」とすべき)も相当腹立たしかったですが、今回も納得がいきません。「わたしはロボット」にするか「われはロボット」にするか、それとも別の何かにするかなかなか難しい問題ではありますが、「アイ, ロボット」というタイトルは明らかに誤りです。なんとかしてください。
さて、以下ではアシモフファンを対象に話を進めます。アシモフのことを良く知らない人は読まないでください。また、ネタバレ情報も含みますので、これから見たいと思っている人でストーリーを知りたくないという人も読まないでください。
★ネタバレ含む感想
ええと、結論から言えば僕はとても楽しめました。しかしそれはアシモフファンでいろんな話の背景を知っているからかもしれません。普通の人がどう見るのかは、ちょっとわかりません。
ちょっとどうかな、と思ったのは次の点です。
1) ちょっと話が単純化されすぎている(まあ、仕方がないか)
2) アシモフが最後まで避けていた「三原則を破るよう設計されているロボット」を登場させている
3) NS5が支配を受けると三原則を破って人を傷つけることができるようになる(支配を受けると自律性を失う)
2)については、実際にはアシモフも三原則を弱めたロボットを登場させていたりするので(「迷子のロボット」)まあ許してもいいのかも。NS5というのも、「迷子のロボット」のNS2をモデルにしているんでしょう。しかし3)はちょっとイマイチだと思いました。
それにしてもシリーズ登場から60年経って映画になるというのもすごい話で。
今回の映画は結構いろいろなロボットものの小説からモチーフを取ってきていた気がします。サニーが1000体の同型ロボットにまぎれるところは「迷子のロボット」ですし、話全体はわれはロボットの最終話「厄災のとき」の話を少しひねっていると見ることもできます。(ロボットが人類全体の幸せのために人間を支配し、局所的な人間に対する被害を無視するという話は、「厄災のとき」の他、後期ロボットシリーズのR・ダニール・オリヴォーの考え方にも出てきますね)
主人公スプーナーとサニーの関係も、イライジャ・ベイリとダニールの関係を思わせるところが何度も出てきます。
全体がミステリ仕立てになっているのも、アシモフのロボットものの映画化としてはとてもよいと思います。ラストのアクションなんてやめて、最後までミステリでいけばいいのに。それが成立するならイライジャ・ベイリもののロボットミステリ三部作も映画化できそうなんですが。この映画にアクションを期待している人がどのくらいいるんでしょう。(いや、実際にはアシモフファン以外のすべての人が期待しているのかも。)
アシモフの小説はロジックでオチがつくだけで、見た目に派手さがないので映像化が難しいなんていわれているようですが、実際、振り返って見ると、アシモフのロボットものにはアクションシーンが入っているものもあります。ハリ・セルダンものなんてアクションシーンばかりと言ってもいいし(ただし、オチはかならずロジックですが)、イライジャ・ベイリものもファウンデーションシリーズも、映像的な見せ場はたくさんあります(ただし、オチはかならず理屈でつくんですが)。アイ, ロボットが許されるなら、他のものも映画化して欲しいな。
アシモフファンとしては結構楽しかったので、もし余裕があれば、ロボットものをひととおり復習した上でもう一度見直してみたい映画でした。
コメント(4)| Track back(0) | 2004-09-24 02:21:19
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