[くまをとる]

なんで政府はあんなに金を使うのか

★昔から大変疑問だったわけです。
政府のやってることはホントに必要なのか。おまえら道路作りすぎなんじゃないか。道の駅なんて必要なのか。俺たちの税金使って、農村に温泉宿を作る必要があるのか。

情報処理関係の話で言えば、システム開発です。政府の作っているシステムにろくなものはないような気が昔からしているわけです。本当はこういう話は証拠を挙げながらするもんですが、ここは軽くスルーして自分のアイデアメモとして、話の流れだけ書いておきます。

といえば、まあいろんな問題があるわけです。まずもちろん、作る中身にしても、作るための技術にしても、技術革新が激しいというような本質的な問題があります。あるいは、開発案件の受注=メンテナンスの受注だったりするような問題もありますね。

これについては、例えば楠さんの書いたコラムなんかによくまとまっています。平成13年には、経済産業省の「ソフトウェア開発・調達プロセス改善協議会」なんかでも同じような議論が行われていて、いろんな問題が指摘されています。最終報告書(案)には、いろいろと大胆な指摘がされていて参考になります。

★ただ、もっと根本的な問題があるんじゃないか。
これらの議論はもちろん大変重要な議論なんですが、それよりも少し手前に、もう少し別の問題が潜んでいそうだと感じています。それは、発注側と受注側の役割分担、あるいは責任分担に関する問題です。もっと言えば、誰がその問題を「よくしよう」と考えるかということです。

深く関連した二つのポイントがあるんじゃないかと、個人的には考えています。ひとつは異動の問題です。官庁や自治体では、定期的に職員の異動が行われていて、情報システム調達を行う部署にそのことについて詳しくない人が配属されるということが、よく起こります。その人にシステム調達とは何かということを教えるのは誰かというと、実は大手ベンダーの人やいわゆるITゼネコンの人だったりします。この人たちなら、お金を払わなくても親切に教えてくれるからです。もちろん、高いう人たちにレクチャーしてもらうことには、現場や開発側の状況や意見を吸い上げることが出来るという重要なメリットがありますが、お金をもらって仕事をする側が、発注側の教育をするという構造にはそもそも大きな問題があります。そういう教育を受けた人が、今の構造に疑問を持って「よりよくしよう」という意識をどれだけ持てるのか。これは人に依存するので、出来る人もいるし出来ない人もいるでしょうが、構造として問題があるのは明らかでしょう。

もうひとつは、そもそも自治体の職員にそれをよくしたいと考える理由がないということです。現状では、ITゼネコンにたくさんお金を払う代わりに、ITゼネコンがコンセプトを考え、企画し、設計し、実装し、トラブルシューティングをしたりしています。つまり、ITゼネコンに責任を負ってもらう代わりに、たくさんお金を払っているわけです。こういう状況では、発注側にはITゼネコンの提示する企画や設計が適切なものかを判断する能力は育たず、言われたものをそのまま受け入れる、そのかわり責任はITゼネコンに取って貰うということになります。

これをよくしようと思えば、担当者が勉強して、問題点を指摘できるだけの力をつけ、企画や設計にも口を出し、口を出した分だけ責任を取らなくてはいけません。つまり、労力をかけた上に個人的にリスクを取らなくてはならないわけです。しかし、それをやって給料は上がるのか?というと、それははなはだ疑問です。それよりは、他人の金(税金)を必要なだけまわして、他人に責任をとってもらうほうがいい(実際そのくらいの給料しかもらっていないのではないかという感じもあります)。つまり、省庁や自治体の担当者には、「そういう問題を解決したい」と思うだけの個人的なインセンティブがないわけです。

調達の問題を考えていくためには、こういう構造を断ち切っていかなくてはならないのではないか。発注側にも、問題を改善したらきちんと評価されたりするという仕組みが必要ではないか。

というあたりで今日はおしまい。

コメント(0)| Track back(0) | 2004-04-13 23:32:37

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