[くまをとる]

ソーシャルネットワーキングと匿名性

★相互評価システム、ソーシャルネットワーキング
最近、ソーシャルネットワーキングが大流行だ。googleが作って話題になったorkutだの、紹介文の交換が熱いGREEだの、女性にやさしいmixiだの、あるいは合コンに特化したサービスGOCOOなんてのもある。僕自身の身の回りでは、orkutを使っている人とGREEを使っている人が多いが、どのサービスもそれなりのユーザーを集めているみたいだ。

ソーシャルネットワーキングとはなんぞや? と機能の説明をここでするのは虚しいのでやめておくが(他でいくらでもやっているサイトがあるし、何より見てもらった方が早い)、僕は他人にソーシャルネットワーキングのことを説明するとき、「その人が持つ人間関係を抽象化・数値化し、世界に公表するサービス」なんて説明をしている。今までは見えそうで見えなかった「人脈」をはっきりフォーマットに従ってデータにしてしまうばかりか、それをみんなに見せてしまうという、ある意味では恐ろしいシステムだ。

ソーシャルネットワーキングをやっている人なら、何となく周りの人の友達リストと自分の友達リストを比べて、「自分のリストを増やさなきゃ」と思ったことがある人が多いのではないか。ソーシャルネットワーキングサービスは、まさしく相互評価システムだ。人脈という観点から見て、その人がどのような価値を持っているかを周りの人に評価されるものだ。ある程度の客観性を持つだけに説得力があるし、そういうことができるというのはとにかく新しい。こんなことやっていいのか? っていう根本的な疑問はあるにせよ。

★「しゃ、写真載せるんですか……」
僕は2/12にorkutを始めているので、もう始めて2ヶ月になるわけだが、最初に驚いたのは個人情報をかなり詳細に載せることができることだ。まあ、実際には入力可能な個人情報を細かく入力する人はそんなにいないのだが、自分の写真を載せている人が多いのにはとても驚いた。

特に日本ではその傾向が強いと思うが、今までのインターネットの使い方では、利用者はある程度の匿名性を確保しようとすることが多い。たとえば、個人のウェブページ、ウェブ日記、ブログやいろんな掲示板なんかを考えてもらえればわかると思うが、匿名あるいは仮名で情報を載せている人が圧倒的に多い。やっぱり、個人情報をインターネット上にさらすことに対する気持ち悪さを、みんな多かれ少なかれ感じているのだ。まして、女性で写真を載せるなんていうのはかなり希なケースだと言っていい。(もっともこれは国によってかなり違いがあるようだが。たとえば韓国では名前をさらすことが一般的だとか)

ところが、orkutやそれ以降のソーシャルネットワーキングサービスでは、平気で利用者の写真を要求してくる。むしろ、orkutがそれ以前の多くのサービスを押さえて普及したのは、写真を載せられるようにしたからだというまことしやかな説もある。確かに写真があると、その人のことがとてもイメージしやすくなる。写真を載せている人は多く、たとえば4/22現在で、orkutの利用者約24万人のうち、15万人が写真付きだ(約63%)。女性だけに限っても、7.3万人のうち4.5万人が写真を載せている(約62%)。写真を載せている人の比率はだいたい同じ。もちろん、ペットの写真やらぬいぐるみの写真やらを載せて自分の写真は載せていないという人もいるのだが、本当に写真を載せている人の方が圧倒的に多い。

orkutは一応会員制で、その個人情報は会員の人以外には見ることが出来ない。ほとんどの個人情報には公開レベルを決めることが出来て、たとえば自分の趣味を公開する範囲を「友達(1ホップ)」「友達の友達(2ホップ)」「誰でも」の3段階で決めることが出来る。(3以上は「たくさん」でひとくくりにしているわけですね。1、2、3、「たくさん」。)しかし、名前と写真と友達リストとカルマ(友達がその人に対して持っている評価を数字化して足したもの)については、全員の情報が見えてしまう。これって、大事な情報は全部見えてるってことじゃないのか。そもそも、24万人の、誰が誰を誘ってるかわからないサービスで、「会員制だから公開していることにはならない」というのはとても通らない理屈だ。

もちろん、どこまで個人情報が見えるかというのはサービスにもよるわけだが、ある程度の情報はかなりの範囲の人に見えてしまうサービスが多いようだ。たとえば、GREEは会員でない人からも情報が見えてしまう。

これって大丈夫なのか? という疑問はともかく、ソーシャルネットワーキングサービスの中ではユーザーの振るまいが今までとは違っているということだけは確かだと言える。

★ソーシャルネットワーキングサービスと匿名性の関係。
もうひとつ、ソーシャルネットワーキングサービスの大きな特徴は、匿名で参加するのがとても難しいということだ。これは、参加者がその人の人脈の中に位置づけられていて、周りの人たちとの交流の中で利用していく形になっているからだ。もちろん、仮名を使って参加することはできるが、友達はその仮名を使っている人の正体を知っていなければリンクしてくれないだろう。こうなると、人づてに訊ねていけば、誰が本当は誰なのかは結局わかってしまう。他の人の名前を騙ってリンクしてもらったとしても、何かの機会に本物同士が「リンクしてありがとうね」とかいう会話を交わしたら、嘘はばれてしまう。

orkutが日本に流行し始めた頃、Hikaru Utada という人がいたりとか(これはちょっと話題になったので知っている人も多いだろう。個人情報をよく見ると「未婚」になっていたりして、嘘はすぐわかったのだが)、Murasaki Shikibuという名前で十二単を着た女性の写真を登録してる人がいたりとか、なかなか面白い現象が起こっていた。他にもビルゲイツがいたり、大統領がいたりしたらしい。ところが、orkutには\"report as bogus\"(偽物を報告)という、周りの人がある人を偽物だと感じたら運営者に報告できる機能がある。これで、初期に登場した偽物は次々と姿を消していった。もしそんな機能を作らなかったとしても、ソーシャルネットワーキングツールは結局友達とコミュニケーションするためのツールなので、偽物は遅かれ早かれ発覚して、排除するような手段ができたことだろう。

じゃあ、まったく架空の人物を作り上げて、新たにエントリーして、人間関係を一から作ったらどうだろうか。しかし、その人はそのネットワークの中で最初に誰とつながるのか。オフラインのコミュニケーションを取って欲しいと言われたらどうするのか。そもそもそんなことをして嬉しいかという問題がある。実際問題として、既存のソーシャルネットワーキングツール上でのネットワークのほとんどは、実際に会ったことのある人の関係をなぞる形で展開しているので、完全に架空の人物を導入したとしても大きく人脈を広げることは今のところ難しそうだ。実験としては面白そうだが。

こう考えてくると、ソーシャルネットワーキングサービスは、ほとんど何の認証技術も使っていないにもかかわらず、極めて匿名性が小さい世界だということがわかる。その信頼性(?)を支えているのは人間同士のコミュニケーションだ。

コメント(2)| Track back(0) | 2004-04-22 23:01:14

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