[くまをとる]

地域情報化とこれまでの○○の情報化

「地域情報化」を考えることは、情報化の全体像を考えることでもある、と思うようになった。今までの情報化は、個人の情報化であったり、企業の情報化であったり、教育の情報化であったりして、社会のある均質な一部分を取り上げて、それを情報化することだった。しかし、社会というのはあらゆることがたくさんからみあって出来ている。「地域」というのはその絡み合った社会の最小単位だと考えていいのではないか。そう考えると、地域情報化こそ情報化そのものを議論することではないかと思う。

「情報化」によって何が起こるかということを考えていくとき、僕らはそれなりに予想をたてる。大筋では当たっていることも多いのだが、全くはずれることもしばしばだ。(僕の印象では、産業がらみの予想は失敗することが多いような気がする。発想が純粋な好奇心ではなく、「こうなってくれれば儲かる」だからか?)とにかく、現実に起こることを見ていると、予想を超えたり、脇にそれたり、全く予想していないことが起こったりする。もっと面白いのは、起こったことをよく見ると、これまでの「現実の社会がどうなっているか」という認識がずれていたことに気づいたりすることだ。

ここ数日何度も出てくるが、スマートモブズという本について考えたい。スマートモブズでは、「スマートモブズの世界」について何度も説明し、いろんな事例を引いてそれを描写するのだが、最後までピンと来ないまま終わる。

なぜかと言えば、その時代はまだ来ていないからだ。スマートモブズでは、移動体の普及について、環境への情報インフラの埋め込みについて、信頼の評価の技術について、あるいは協調の技術について、それぞれ例を引いて説明している。しかしスマートモブズはそれらを全部合わせた時にできるものであって、それら単体だけを見ていても、それはスマートモブズではないのだ。スマートモブズの世界はまだ登場したことがなく、僕らがそれを具体的なイメージを持って想像することは難しい。そして、実際にそれらの技術を組み合わせて使ってみたときには、思ってもいなかったようなことがたくさん起こるに決まっているのだ。

地域情報化も同じだ。地域の中にあるいろいろなもの、例えば企業、自治体、学校、市民活動、医療、福祉、商店街、ウェブページを持ったり、掲示板を利用したり、winnyを利用したり個人などが、それぞれどういう風に振る舞うのかは、これまでの10年間の経験の中で多くのことが理解できるようになってきた。しかしこれらを全部まとめて情報化して、しかも対面・近距離コミュニケーションの技術が導入されたとき、何が起こるかはよくわからない。

それを少しでも理解し、検証していくことがこれからの地域情報化の研究の一側面だろう。
なかなか、おもしろそうだ。

コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-28 23:30:54

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