えーと、今日の話はわからない人はわからなくていいです。よくわかった上で違うだろそれ! というツッコミもあろうかと思いますが当方シロウトですのでお許しください。
僕の知り合い(ここでは名を伏す)が最近コスチャ(アルファベットで書くのが正しいのか?)によく行ったりしています。そういう文脈で、コスプレを理解しろとか言われることがあります。が、どうしても理解できない領域がありまして。
なんとなく、コスプレをする楽しみについては漠然と理解できるような気もします。非常に高度な「ゴッコあそび」だという要素が強いわけで。しかしコスプレ鑑賞となると、そういう趣味が存在すること自体は理解できるのですが、どう楽しいのかを直感的に感じることはできないのです。
他人がやっているのを見るわけですから、自分が「ゴッコあそび」をやるわけではありません。たとえばコスプレしているかわいい女の子が見たいというのであれば、必ずしも対象がコスプレをしている必要もないわけですから、そういう単純なことではなさそうです。いわゆるオタクの楽しみにもいろいろな領域がありますが、コスプレ鑑賞くらいになると相当玄人好みの楽しみ方で、その筋の教養とセンスが必要なイメージがあります。
最近の一部のお笑いとも共通するような気がするんですが、よくわかっている人が普通のオチを外して、本来楽しむべき要素じゃないところで余裕を持って楽しむというか、そーいうものに見えます。僕にはそこまで奥の方が見えてないので楽しみ方がわからないのではないか。
★コスプレ鑑賞=茶器を愉しむ茶人?
という会話をしていたら、友人のうえすとさんが、それは「茶器を見て愉しむ茶道の人」に近いのではないかという指摘をしてくれました。これを聞いて僕には大変腑に落ちました。
僕のようなシロウトには、お茶をおいしく飲めればそれでいいような気がするんですが、茶道ではそれを愉しむための方法論が確立されていて、とても深い議論になっています。茶道に関係するもの対する考え方についても深い理解があり、それを愉しむためにはその筋の教養が必要で、茶器みたいなものも芸術として昇華されていたりします。
コスプレ鑑賞もこれに近いような、大変高級な楽しみ方なのではないかと思えます。そういわれるとコスチャなんかは茶道の茶室のようにも思えてきます。
★コスプレ道あるいはコスプレ鑑賞道
これは余談ですが、そうすると当然、「コスプレ道」というものがこれから生まれるのではないかとも思えてきます。コスプレ鑑賞も、茶道なんかと同じように「楽しみ方の型」みたいなものがあるように思います。これを形式化し、お作法から「道」へと昇華させたとき、コスプレとコスプレ鑑賞はコスプレ道として日本文化の一翼を担うことに。
そう考えると、もう少し広い領域として「オタク道」もすでにある程度確立しているような気がします。「オタクたるもの、世の中をこう見なくてはいけない」といったような世界観もできあがっていますし。
ただ、本当に道が生まれるところまで行くかはよくわかりません。道が確立されるためには、一流を立てる家元とか宗家とかが必要で、千利休みたいな、カリスマ性を持った天才がいなければならない気がするのです。お茶なんて誰でも飲んでたのに、「こういう飲み方が正しい」と言って決め付けて型を定義してしまう強引さとそれを世の中に広める社交性を持つ人が必要だという気もしています。(今のコスプレ界にそういうカリスマがいるのかどうかぼくは知りません。)
オタクという領域全体で言えば、最近経済産業省がこれは新しい日本の創造的文化であるととか言いながら、「コンテンツクリエイターなんちゃら」とかでかなり事業をやっています。もともと先鋭文化だったのに、こういう風に権威にも認められつつあるのも茶道と似ていたりするのかとシロウト考えでは思えます。
★まとめ
ま、だから何だと言うわけでは全くありません。
僕も一般人からしてみるとかなりオタクに近いところにいるわけですが、修行が足りないので申し訳なくて、自分がオタクであるとは堂々と言えないわけです。その道の奥の方にいくのはとても難しいと感じていて、コスプレ鑑賞なんかは「わかるような気もするけど、それを理解する素養は僕にはない」という印象をずっと持っていて、でもそれをうまく説明できない状態にありました。
でも今回、こういう比喩を持ってくることで、なんとなく僕の違和感は解消された感じがして、すっきりしました。それにしてもこの道は深すぎる……。
今回のタイトルの名付け親は友人のうえすとさんでした。内容的にもかなりご協力頂いてます。
コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-29 23:28:16
Powerd by News Handler
本サイトは、いしばし(国際大学GLOCOM)がやってます。