[くまをとる]

電車男について

今日は電車男について書いておきたい。今日の日記は個人的なメモ・感想に近いモノで新しいことは書いてありません。(ネタバレ注意)

念のため、電車男がなんだか知らない人へ。ネットで今流行っているものの一つです。リンクを辿って読んでみることをお勧めします。内容の概要を説明することはしません。ただし、読み始めると数時間かけて一気に読んでしまう人が多いようなので注意。以下、電車男を読んでいない人には通じない話になっていますが、気にせず書きます。

★何故今頃電車男なのか。
ずいぶん前から電車男については知っていたし、読み始めていたのだが、実は我慢して仕事の合間の気分転換などにちょっとずつ読んでいた。ついに昨日読み終わった。

とても清々しい気持ちで読み終えた。これは一体なんだろう。
あまりにも奇妙な清々しさが残ったので、時事ネタはあまり扱わないルールにもかかわらず、感想を書いておく気になった。

★どうしてこんなに楽しめたのか。
誰もが指摘していることだが、この話は出来すぎている。ネタじゃないかと疑う人がいるくらいだ。しかし、電車男氏の発言のタイミングが理由なのか、内容が理由なのかよくわからないのだが、不思議に現実感がある。そこで起こることや電車男氏の書き込み、それに対する読者の盛り上がりが妙にツボにはまり、「これは本当の話であって欲しい」という気分にさせられる。

確かに楽しいのだが、小説やテレビや映画の楽しさとは明らかに違うものだ。「これを映画化したら面白いだろう」なんて人もいたが、多分もしストーリーだけを映画化したら恐ろしくつまらないモノになる可能性があるんじゃないか。なにしろ話が単純すぎる。スレ形式の小説なんていうのが面白いんじゃないかと言っていた人もいたが、考えるにつれて、これがすべて創作だったらやっぱり面白くないだろうと思えてきた。

これはアレに似ている。昔なら学校の友達何人かと帰り道に。今なら友達何人かと居酒屋なんかで、そのメンバーのうちの一人の恋愛悩み話を聞き、周りの人でわいわいがやがやと勝手に無責任なアドバイスをするという場面だ。アレだって、考えてみれば何が面白いんだかよくわからない。他人の恋愛話だし、聞いてる話だって、もちろん映画や小説のように凝った設定があるわけじゃない。大抵は本当によくある話だ(電車男の話のように)。

ところが、そこに参加することはとても楽しい。それはコミュニケーションの楽しみだし、「相手が自分の立場だったらどうするか」と考えてみる楽しみだし、「俺ならこうする」と発言することを通して、自分はどんな人間であるかを主張しあって、信頼できる仲間内で個性や考えの違いを話し合う楽しみだ。

僕には、電車男のおもしろさはまさしくこれのように見える。リアルタイムでそこに参加していた人はさぞ楽しかったろう。僕はそれを疑似体験したということじゃないだろうか。はっと我に返ってストーリーを見るとひどくご都合主義の低俗な恋愛小説もどきだとかいうことは関係がないのだ。その、いろんなものが混じった楽しみの息づかいが楽しみの源泉なんじゃないかと思う。

★この楽しみを、計算して作り出せるか。
だから、多分最初から「これは作り物だ」と知った上で、似たような創作物を読まされたり、映画を見させられたりしたら、そんなに楽しめないだろう。それとも、楽しめるのだろうか。楽しめるんだとしたら、そこには今までの創作物の方法論とはちょっと違うエンターテインメントの仕組みが必要なのに違いない。

でもやっぱり楽しめないような気がするなあ。こればかりは、現物をみないとわからないわけですが。多分作り上げるとすれば、二つのパターンがあるんだと思う。

パターン1) スレッドのやりとりすべてを作り出す。電車男のような肴になる人物の発言から、それに対して他の人がどう反応するかということまでをすべて計算し、ストーリーとして書き出す。

ある意味では今ある小説や映画だって、全く同じことをやっているとも考えられる。楽しいものもできるかもしれない。しかし、ここで得られる楽しみは「電車男」で得られるものとは異質なんじゃないだろうか。もし、そうやって出来てくるストーリーが全部「電車男」のように単純なものでも、僕らは楽しめるだろうか。だんだん、「このストーリーにはひねりが足りない」とか言い出すんじゃないだろうか。それは文学や映画が新しい表現を得たというに過ぎないような気がするし、しかも、慣れてきたらとてもまどろっこしいと感じるような気がする。最初の1回か2回なら奇をてらった表現として、実験的な新しいものとして受け入れられるだろうが、相当洗練されない限り、消えてしまうんじゃないだろうか。

パターン2) スレッドの「肴」の部分だけが創作で、スレッド上の他の人はそれを肴に盛り上がる。

これも、今テレビドラマや週刊雑誌のマンガなんかをネタに僕らがやっているコミュニケーションと本質的には同じだと思う。しかしこの方がまだしもパターン1)よりは「電車男」の楽しみに近いだろう。そして、この一連のやりとりをまとめて作品にしたら、パターン1)よりも面白いものになるかもしれないと思う。 この楽しみ方はアリかもしれない。ただ、ここに参加して楽しむにはかなり高度なスキルが必要とされるような予感もある。

しかし、その話が作り物だとわかっているとき、「電車男」のような爆発的なおもしろさは生まれないような気がする。

★とにかく
電車男を読むことは、僕にとっては楽しみでした。上のような話は、読んでいない人にはさっぱりだろうし、「理屈ばっかり言ってもつまらん」という見方もあるでしょう。「電車男を題材にしてコミュニケーションを楽しむ」という類の話だということをお断りしておきます。

いやあ。しかし電車男はなかなか衝撃でした。

コメント(5)| Track back(0) | 2004-06-09 23:04:08

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