[くまをとる]

前例主義と自治体の人事について

6/5の日記には、自治体や政府が情報化政策を計画して実施することがなぜ難しいのか、簡単にまとめた。そこでコメントも頂いたので、その中でも前例主義と人事の問題について、もう少し整理してみる。ぼくの専門は地域情報化なので、ここは自治体に限って議論したい。霞ヶ関については、基本的な構造は似ているものの、また事情が異なる。

以下で行う議論は一般的な構造についての議論であり、自治体や自治体職員が実際にどのくらい積極的に取り組むかは、個々のケースに非常に依存する。

★前例主義の弊害
前例主義の弊害は主に次の二つだと考えられる。

弊害1) 新しいことを実施することが難しい
弊害2) 新しいことを導入するのが遅くなる

どちらも、歴史があって安定している問題領域では、これらの欠点はそんなに大きな問題にはならない。むしろ、慎重になることのメリットの方が大きい場合も多いだろう。ところが、こと情報化に関しては、スピードが大変速いため、変化に適切に対応することが非常に重要になる。つまり、自治体が取り扱わなければならないトピックの中でも、特別な性質を持っている。情報化の世界では"The fast eats slow"であるような事柄も多く、遅くなることが致命的な問題を引き起こす場合もある。

これに対して、前例主義の利点もたくさんあるだろう。思いついたものを非常に簡単に整理すると、次のようなことになるのではないか。

利点1) 大失敗が少ない
利点2) 論点整理が十分にできる
利点3) 責任が小さくなる

役人の人が企画をする場合、とにかくまず事例を集める。似たような事例がないか徹底的に調べ上げた上で、よさそうなものがあればそれを参考にしたり、真似たりしようというわけだ。もちろんこれは重要なことで、新しいことをやろうとするとき、過去の例やすでに議論されている論点を知らないようでは話にならないわけだ。

これはちょっと脇にそれるが、もうひとつの役人の人がやることは、わかっていそうな人に質問することだ。基本的に役人はジェネラリストとしての教育を受けるので、高度に専門的なことや、将来の予測を含むようなことを自分で判断するのが難しい場合が多いためだと思われる。実は、役人が専門家であるような領域は多く、既存の行政の役割、例えば道路行政であるとか、年金政策であるとか、そういうことには精通している人も多い。しかし、こと情報化ということになると話題が新しすぎて、さすがに難しい。

★リスクを取れるか。
さて、問題は役人がリスクを取れるのかということだ。4月13日の日記にも書いたのだが、そもそも役人が置かれている環境を考えれば、リスクを取れと言うのは酷なことだということを理解しておきたい。役人は基本的には決定する役ではなく執行役であり、失敗しないことがあたりまえだという世界だ。採点方法を大きく加点法(成果に対する点数を積み上げて行く)と減点法(どれだけ失敗したかを積み上げて行く)に分けるとすれば、役人の採点は多くの場合減点法で行われる。そういう世界でリスクを取るのは大変難しい。

仮にリスクを負って成果を上げたとしても、役人に対するフィードバックは小さい。もちろん、ないわけではないが。

前例主義はこのようなことを背景にしている。失敗を避けるのが第一という組織的な仕組みが働いているわけだ。前例主義を取れば失敗の確率は減るし、失敗した場合でも言い訳のしようがある。

★人事交流
このような問題に風穴を開けるのが人事交流だ。人事交流には大きく二つの利点があると考えていいだろう。

利点1) 外部の専門知識を持った人材を組織の中に導入する
利点2) 短期間で成果を上げようという意識を持った人材を導入する

利点1は明らかだろう。利点2は、外部人材の任期の問題だ。普通の役人は20代前半で就職して60歳が定年だとすれば、35年以上同じ組織内で働くことになる。減点法の組織で35年以上も働くということになれば、構造的にリスクに対する考え方も慎重にならざるを得ないだろう。しかし、人事交流で入ってくる重要ポストの外部人材は、3年程度が任期の場合が多い。彼らは逆に、その短い間に成果を上げたいと考える。これがよい刺激になる場合がある。

自治体の情報化を考える場合、重要な人事交流は、外部の情報化に関する専門家を連れてくる場合か、中央省庁の官僚を受け入れる場合だろう。中央省庁の官僚を受け入れる場合には、利点1はあまりない。しかし、利点2だけでもある程度のメリットはあるわけだ。前例主義を打破するという文脈では、むしろ利点2の方が重要だと思われる。

ただ、外部人材を重要ポストに起用することの問題点も、ないわけではない。最大の問題点は、継続性に難があるということだろう。外部人材のスキルに頼った仕組みを作ってしまうと、その人がいなくなると継続性がなくなったりする。また、「短期間で成果を上げよう」という意識が強すぎると、先のことを熟慮せず、花火だけ上げればいい、派手なことができればいいということになってしまいかねないという問題もある。

もうひとつ、地味だが難しい問題は、内部の人間をどう処遇するかということだ。情報化などの領域では人材を内部でも育成しなければならないという問題意識は多くの自治体で共有されているのだが、外部からの人材を重要ポストに据えることを前提としてしまうと、内部で育った人材を処遇するポストがなくなってしまう。人間は「がんばれば未来にはこうなれる」という期待がなければ、なかなか前向きにがんばることが出来ないものであって、それが構造的に難しいとすれば問題だ。ただ、情報化という分野がまだ始まったばかりであり、専門的な人材の育成や領域の成熟に時間がかかりすぎることを考えると、このことについては時間が解決するということもありえる。

★おわりに。人事以外の問題?
ここでは人事だけの問題を述べてきたが、本当は、前例主義の問題は人事の面だけの問題ではないはずで、いろいろな方法があるはずだ。ただ、現時点では僕は前例主義の問題は本質的に「役所」という役回りの組織が持っている構造的な問題であり、特に人事の仕組みが一番大きな影響を与えているのではないかという印象を持っている。前例主義の問題は、結果ではなくプロセスの問題なので、そのプロセスをつかさどる人間の影響がとても大きいのではないか。

他に考えられる前例主義を和らげる方法は、外部からのチェックを入れたり、先進的な試みを評価したり紹介したりする場を増やしたりすることだ。ひょっとすると、情報化関連の仕事をまるごとアウトソースするなんて過激な方法も考えられなくはないかもしれない(これはこれで色々と難しい構造的な問題があるのだが)。しかし、これらの方法については残念ながらまだ深く考察できるだけの材料を持っていません。

ところで、上の議論はいかにも「役所は前例主義でひどいところだ」という風な話に聞こえるし、実際構造的にはそうなっているのだが、元気で積極的な考えを持って活動をされている自治体職員の方も多くいらっしゃることは最後に書き添えておきたい。志の高い人は確実にいる。

コメント(3)| Track back(0) | 2004-06-10 23:16:45

■ 短期間に成果をあげるということ
外部から導入された人材が「短期間に成果を上げる」ということは、一体何を指すかということを十分考えなければならないと思う。
私は現在「外部から導入された人材」として政府組織で働いているが、やはり短期の在任期間で十分考えた上で設計実施しなければならないことは、システム化を強く意識した施策実施であると確信している。つまり、自分がいなくなっても、行政組織としての新たな取り組みが継続され、評価され、見直しされるメカニズムを作り上げること(=システム化)だと考える。このときに特に重要なのは、専門家(=外部から導入された人材)と行政のプロ(役人)の協働であろうと思う。この協働がなければ、システム化は可能ではなく、また一過性の施策で終わってしまう。
山口英 (2004-06-11 11:37:20)


■ Unknown
netcomで博士を取った伊藤修一郎氏の博士論文では、地方自治体における政策過程のダイナミズムについて言及されています。詳しくは本体を参照してほしいのですが、たとえば情報公開などの新しい政策については、地方自治体は国に先んじて制度化を実現できるという例もあり、そのような例では、国-自治体ではなく、自治体間の情報交換が重要な役割を果たしていることが明らかにされています。人事交流に関しては、いしばしが挙げている中央官庁-県庁というものもありますが、自治体間のものも多く(たとえば岡山県と岐阜県とか)、このような人事交流が自治体間レジームをつくる基盤になっているのかもしれません。
みやがわ (2004-06-15 12:07:03)

■ Unknown
感想でしかありませんが、ご存知の通りNTTも前例主義がまかりとおっています。しかも「前この方法でやった」と言うとかなりの説得力を持つようで、即効でその意見が取り入れられたりする。日々の業務に追われすぎて新しい方法を開拓する余力がなさそうというのが感想です。今日を生き延びれば良い人がいっぱいいます。石橋さんがご指摘の通り、そうでない人もいます。3:1くらいでしょうか。
chika (2004-09-12 06:37:18)

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