地域情報化とは何かということを、引き続き考えてみます。
★単純なビジョン
22日の日記でさまざまな行政の情報化に関する定義を見ていると、そのビジョンが非常に単純であることに気づく。一番踏み込んでいるのはやはり、e-Japan戦略だろう。e-Japan戦略では、知識を作り出すことが今よりもはるかに重要視される社会に変わっていくことを予言している。
それ以外のとらえ方は、次の2つのどちらかのように見える。
1) 地域活性化・電子自治体などを達成する「道具」としての情報化
2) 利用者から見てどのように変わるかという「利便性」から見た情報化
これらはどちらも、情報化によって社会がどう便利になるか、便利にできるかということを説いている。しかし、社会がどのように変わるか、なぜそれが起こるかということについてはあまり踏み込んでいない。
もちろん、なぜそうなっているかと言えば、これらの文書が利用者に対して「(プラスの)イメージを抱かせる」ように書かれているからだ。政策を説明する文書では情報化の本質は何かというような議論はあまり必要ない。「こんなゴールを目指して」「こういう政策を実施します」と書けば十分だからだ。
(実は、もっと踏み込んだ見方をしている情報化計画もいくつか見られる。時間の都合で今日は書かないが、いずれ分析してみたい)
しかし、研究者がそんな見方をしても仕方がない。もう少し本質的な社会の変化について考えてみよう。
★例えばスマートモブズ
未来の社会はどうなるのか、その中で情報化の果たす役割は何か、地域の果たす役割は何か、ということに踏み込んで考えなければいけないのだろう。
例えば、去年日本語版が刊行されたラインゴールド氏の「スマートモブズ」という本がある。この本は、コンピュータを常に(いろんな形で)持ち運ぶようになり、また都市の中にもコンピュータが埋め込まれ、それが相互作用する世界を描いている。そこでは人間の活動はつねに情報との交わりの中で行われるようになる。情報環境を通じて人間やコンピュータが常に相互作用、協調動作しており、その基礎技術として互いがどの程度信頼できるかを計る技術が活用されると予想している。
その中で人間は「協調」あるいは「相互監視」しながら活動する。集団としてより有機的なつながりを持ち、個人で活動していたときには起こらなかった創発的な動きが起こってくる可能性もあると指摘している。
SFのような世界だ。
しかし、実はここに登場するキーワードは、今日本に残っている「地域」あるいは田舎の文化と近いものがあると、僕は感じている。日本の地域コミュニティはお互いによく知っており、プライバシーは少なく、協調あるいは相互監視しながら、歴史を通じて作り上げられてきた「ルール」を重んじて動く。そしてそのコミュニティでは歴史が相互の信頼を裏付けている。
また、スマートモブズは物理空間と情報空間の結びつきについて言及している点でも、地域との整合性は悪くない。スマートモブズで予想されている世界は、物理的な活動や交流を、偏在する情報空間が支える世界だ。これまで言われてきたような、「インターネットは時間と空間を超える。田舎でも都会でも同じ活動ができる」というような主張とは少し異なる。同じ空間で活動している人たちの交わりを題材にした見方なのだ。地理的に近くにいる人たちのコミュニケーションを題材にしているわけだから、広い文脈で捉えれば地域情報化につながる。
一方、スマートモブズにあって既存の日本の地域コミュニティに全くない要素は、流動性だ。スマートモブズでは非常に高い流動性を前提としていて、動き回り、頻繁に入れ替わる人や物が、情報技術によってその場その場でコミュニケーションを取り、協調しながら活動する。日本の地域コミュニティにあるような、長い歴史に基づいた信頼とルールをたよりに動くものではない。
★地域情報化を考えるヒント
まだ地域情報化の本質は何か、詰められているわけではないのだが、上記のスマートモブズの議論は一つのヒントになるのではないかと感じている。これまでの情報化の流れは、個の確立や個人のエンパワーメントを強める方向にあると理解されてきたし、空間的な制約を乗り越えるためのものと考えられてきた。個人や個々の組織が、情報の力だけを頼りに、情報空間あるいは情報社会でいろいろなものを勝ち取っていくというストーリーだ。
しかし今後、考え方が変わってくるのではないかという感じがする。情報社会が「どこにでもある」ものになるに従って、情報技術は物理的な空間を共有するメリットや、個人たちの協調を促進する形で働き、人が信頼を軸に集団として活動するのを助けるものだという方向へ向かうのではないか。そのような技術や情報社会は、地域に密着した形で使われるだろうし、その文脈では地域を単位に考えることが非常に自然になっていくだろう。
仮に前者を「個を強め、空間を超える情報化」と呼び、後者を「集団と協調を強め、空間に依存する情報化」と呼んでおこう。この二つは必ずしも矛盾するものではなく、併存するものだろうと思う。実は、監視カメラなんかの話もこの文脈上にあるような気がするのだ。
実は、これまで扱ってきたいろいろなものが、頭の中でもやもやとつながり始めているのだ。その中核の部分が、上に書いたような話だ。この話にはたくさんの続きがあるのだが、とりあえず今日はこの辺で。
うーん、それにしても練れていないなあ。検討も不十分だし。まあ、追々考えていきましょう。
コメント(0)| Track back(0) | 2004-05-25 23:02:23
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