[くまをとる]

投票に行こう?

★参院埼玉補選、投票率は27.5%だったらしい
4人に1人しか、投票してないんだ?
「共有地の悲劇」の起こる理屈と大変似ているような気がしてなりません。共有地(コモンズ)とは、みんなが無料で共有できる資源で、例えば昔の時代に羊飼い羊に食べさせる牧草地、大気や海洋などがよく挙げられます。最近では、無線周波数もコモンズだと言うような議論も盛んです。
さて、ハーディンの議論では、共有地の悲劇がなぜ起こるかという理由を次のように述べていました。「共有地(コモンズ)はみんなで遠慮して使わなければ、荒れ果ててしまう。しかし、個人にとっては、それを使わないことによる不利益はすごく大きいのに、それで得られるメリットは、その共有地(コモンズ)に関係する人数分の1でしかない。もし自分が遠慮をしても、他のみんなが不正に利用し続けたら、一方的に損になる。道徳に訴えても無駄で、なんらかのルールがなければ人は従わない。」(説明がちょっと荒っぽすぎ?)

選挙に行くためのコスト(もちろん日曜日に拘束されることだけではなくて、日本の明日のために、まじめに考える必要もある)と、それに対して自分の考えが反映させることが出来る力の比を考えれば、投票に行きたくなくなるというのももっともです。もちろん、起こるメカニズムが同じだからといって、その対象が「コモンズ」だって言えるわけではないんですが、ひょっとすると投票結果って「コモンズ」なのかな。コモンズは「放っておくと使い尽くされてしまう共有資源」だから、違うような気はするんですけど。

まじめに政治について考えている人が、投票に行かない人に対して「投票に行かないなんて、お前たちは人間のクズだ。政治に文句を言う暇があったら投票に行け。投票しない奴に文句を言う資格はない」という態度で接することがままあるような気がしてならないんですケド、ぼくはこれが昔から我慢なりません。でも、なぜ我慢ならないのかうまく説明できないでいました。
今でもうまくは説明できないんですけど、こんなことかも。「そもそも上で考えたような理由から、人が進んで選挙に行くというモデルには根本的に無理がある。それを解決することも考えずに、ただ道徳として人に選挙に行くことを強要するのは不合理だ」

イヤ、ホントはもっといろいろな要因があるんですけどね。多分。
ちなみにぼくは投票には昔から行かない主義です。うまく説明できないけど何か納得がいかないから。そのうち、うまく説明できるようになるかもしれません。

コメント(2)| Track back(0) | 2003-10-27 07:55:00

■ 逆の立場だなぁ
私の場合は投票に必ず行く主義。トラウマ全開で死にそうな今回も、棄権する気はないです(笑)とはいえ、行かない人を咎める気もなく。なんというか、投票するかしないかってそれぞれにこだわりを持つ人がいるんだろうな、としか思ってない。

もちろん、候補者の立場から言えば、一票でも多く欲しい。自分が時間かけて話した相手が票を入れてくれなかったら、効率悪いわけですよ。ううむ。自分に投資してくれえ!と叫ぶのが実は現実的?
ako (2003-10-28 16:12:56)


■ 原理的には。。。
いやー、むしろなぜ人は投票に行くのか、行かないほうが当たり前な気がするのです。
「投資」だとしても、合理的に考えれば、自分の意思が反映される割合というのは極小で、自分の意思が結果に反映されることはほとんどありえません。宝くじを買ったほうがまだ見返りがあります。
合理的説明ができるとすれば、むしろ「結社に属している」という気分を味わったり(組織票に繋がる)、自分の普段の不満の捌け口として楽しむ(無党派層の野党への票に繋がる?)といった意味合いなのではないかと思えます。投票行動そのものは匿名が原則ですから、投票の内容によって社会に副次的な影響を期待するのも無理だし。
つまり、個人が自分の意思を反映するシステムとしては、本質的に破綻しているという気がしてなりません。
もちろん、立候補する側に立つ側は別ですよ。個人として、選挙を通じて自分の意思を政治に反映させる唯一つの方法は、自分で立候補する(あるいは選挙運動に積極的に関わる)ことだと思えます。
ishbash (2003-10-29 05:34:19)

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