winny開発者である47氏逮捕より3週間、5/31は京都府警が47氏を起訴したという節目でもあり、ぼくがwinnyに対してどう考えるかを一度まとめておきたいと思う。要約は、1) winnyはすごいソフトウェアである、2) 金子氏は無罪であってほしいが、社会的責任はある、3) 今回の逮捕については、「考えが後ろ向き」なのが問題 ということです。以下では念のためもう少し詳しく書きます。
★winnyはすごいソフトウェアである
ここでは、行為が善とか悪とかではなく、すごいかどうかで議論します。
近年、ウェブブラウザを除いてこれだけ普及してネットワークを使い倒したインターネットアプリケーションがあったでしょうか(ちなみに、ウェブが本格的に流行した95年頃、httpのトラフィックがバックボーンの90%位を占めるようになり、話題になりました)。仕組みを考えても、よくできています。確かにwinnyの基本的な要素技術は既存の研究に基づいています。しかし、ソフトウェアを作る人であればそれらの要素技術を組み合わせて、実際に動く便利なものを作ることの難しさを知っています。設計上のトレードオフが多くあって、どの要素技術をどういう形で入れるかということは設計思想によって左右されますし、「原理的にできることがわかっている」ということと、それを使って動くものを作ることは違うことなのです。
その点で、winnyはよくできています。一つの設計思想に従って、適切に要素技術が組み合わされているように見えますし、膨大なテストと修正を通じて、ソフトウェアのバランスが調整されてきています。その調整には、「利用者の振る舞い」が計算に入っていることもとても重要です。このようなソフトウェアが出てきたときに、利用者はどう振る舞うのか。コンテンツを豊富に提供させるにはどのような仕組みを入れればいいか、検索を効率的にするにはどうすればいいか。こういう課題を、実際にテストをしながら突き詰めて実現しているわけです。このようなソフトウェアを作り上げることは大変なことです。
そのすごさの一つには、日本にあったブロードバンド環境の状況に合った利用モデルを選んで普及させたというところにもあります。日本のインターネット接続環境は、ようやく「常時接続である」「回線は余っている」「みんなが使っている」という状況まで来ました。winnyはこの環境を最大限に生かす設計になっています。「とりあえずダウンロードしておく(=コンテンツを分散させることにもつながる)」「開いている回線を生かしてコンテンツを提供する」という考え方を定着させ、結果的に利用者が増えるに従って充実したプラットフォームになるように設計されています。また、規模が大きくなっても適切に動作するような設計になっています(これがまた難しい)。僕の目には、winnyは非常に優れた設計のソフトウェアに見えます。
「普及したのは違法性のあるコンテンツを提供したからだ」という意見もあります。確かにその要素もあります。しかし、それだけでこんなに普及したとは思えません。ソフトウェアの仕組みが優れていて、その機能を適切な形で実現していたからこそ、これだけ普及したのです。その設計目標には、利用者の違法行為の責任を追求させないための仕組みとしか解釈できない匿名性の導入などもあり、その設計思想の善悪についての議論はまた別にやらなくてはいけません。しかし、その目標を満たす技術としてはwinnyは非常に優秀だと言えると思います。
winnyのソースの公開や、その設計を分析することは、非常に多くの実りをもたらすに違いないとぼくは考えています。「winnyの設計と実装」という本が是非とも欲しいです。
★winny開発者の行為の善悪について
まず違法性について考え、次に社会的責任について考えます。
winnyの開発単体は違法ではない、という世論が一般的になってきているようです。京都府警も(すくなくとも表向きは)そのように言っています。開発・配布・言論などの行為全体が著作権侵害を助長するものであり、それが幇助にあたるという主張です。
これは僕の私見ですが、状況を見るに金子氏がwinnyを使って違法行為が行われていたのを把握していたのはまず間違いないと思います。そもそもwinnyの出自は、ファイル交換ソフトであるWinMX利用者が著作権法違反で逮捕されたことを受けて作られた「MXの次はなんなんだ?」スレッドです。WinMXと同じような動機で使う利用者が出ることは当然誰にでも予想できました。また、彼はwinnyの動作を細かく微調整していましたから、パラメタ調整のために交換されているキーの内容を調べたことがあるはずです。それを見ればどのような名前のファイルが交換されていたかは一目瞭然ですし、そこで問題のあるコンテンツが流通していたことは当然把握できたはずです(ここでの違法行為には、著作権侵害だけではなく、わいせつ物の流布やプライバシー侵害など他の行為も含めて考えています)。
従って、彼は自分の作ったツールで違法行為をする人が多くいたことを知っていたに違いないと僕は思います。ただし、直接的に「これを使って著作権侵害をしてよい」と発言したことはないはずです。つまり違法行為が起きやすい環境整備は積極的に行ったが、自分では直接的な違法行為はしていないし、違法行為を認める発言もしていない。これが違法にあたるのかどうか。金子氏の逮捕以前は、多くの人が合法だと考えていたのではないでしょうか。僕はそう思っていましたし、金子氏もそう思っていたからそうしたのでしょう。今は初めてそのような行為が違法かも知れないという解釈が提示されていて、まだ確定していない状態です。
ぼく個人としては、そのような行為を違法とするのは間違っていると思います。法には精神があるにせよ、あまり拡大解釈されてはたまらないと思うからです。僕は専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、それでも著作権法は何度も読みました。そして、素人目には金子氏のやった行為が著作権法侵害になるなどとは夢にも思いませんでした。もし、素人がマジメに何度も法律を読んで、それでも何が違法なのかやってみるまでわからないのだとしたら、それは社会の仕組みとして非常に問題だと感じます。(ただし、事前にwinny配布が違法行為の幇助に当たるかも知れないという解釈を提示していた人もいました。念のため書いておきます。)
これについては司法の判断を待つしかありません。
そして、違法行為でなければ、社会的責任を負った上であれば、ある程度のことは許されてしかるべきだと思います。今回、金子氏はずっと「47氏」として行動してきており、社会的責任を逃れたまま活動してきました。今はその揺り返しが来ている状態です。winnyの提示した問題はあまりにも大きく、これから社会で消化して、今回のことが許される範囲のことなのかどうかを決めていく段階にあると思います。
さて、違法か合法かはさておき、社会的な責任あるいは道義的責任というものは別にあるでしょう。その文脈では、僕は金子氏を素直に支持することはできません。winnyの利用が増加するに従って利益を侵害されたり、プライバシを侵害されたりした人は実際にいましたし、winnyという場を提供したことで、金子氏は間接的にそれを助長しています。
ソフトウェアを開発したことで、思いもかけない被害を誰かに与えてしまう、なんてことはあり得ることでしょう。しかし、winnyの場合は、そういう出会い頭の事故ではありません。金子氏は問題が起こっていることを理解していて、あえてそれを続けていました。非難したい人からの非難を受けるべきだと思いますし、もし確信犯であれば、そのことによって社会的不利益を被ることも仕方がないと思います。例えば、彼が実名でwinnyの開発と公開をやっていたなら、彼は東大の助手を続けられたでしょうか。
研究者としての責任については、別に考えなくてはいけないかもしれません。24日の、winnyとfreenetの比較をした日記に印象的なコメントがありました。以下に引用します。
金子容疑者は莫大な報酬をもらっている。
それは、「著作権侵害を平気でやる連中を欲望でつり上げることにより
大規模なP2P実験を経費無しで行うこと」だ。
これは、正規の手続きを経ないで人体実験を行ったということだ。
金子容疑者は、臨床試験をやるコストを
払いたくないために人体実験に手をつけた医者と同じなのである。
このような行為は厳しく処罰されるべきだ。
人体実験の例が適切かどうかはちょっと判断がつきかねますが、この意見の大筋には僕も同意します。まあ、経費なしで実験を行うこと自体は工夫次第で出来てしかるべきだと思います。しかしその見返りが「違法行為を簡単に行えること」であるとすれば、それは道義的に責められるべき行為です。winnyの開発・配布・実験が研究者の活動の一環だと考えた場合、かなりルールを外れています。
ただし、そのことと著作権法違反で有罪になるべきだということとは違います。この行為については例えば大学として処罰を行ったり、あるいは研究者の立場で批判を受けたりという文脈で扱われるべきでしょう。あるいは、そのような行為が本当に社会的に問題であれば、改めて立法すべきかも知れません。(個人的には法律に頼るべきではなく、学術コミュニティの中で解決すべきだと思いますが)
僕は「winnyを肯定的に議論する」なんて日記を書いておきながら、47氏の弁護士費用カンパなどには参加していません。これは、上記のような問題を感じているからです。確かに、今回の起訴については不当だと考えているのですが、47氏の行為全体を正しいと言ってしまってはいけない気がするのです。
……もちろん、寄付行為に参加している人を非難しているわけではありません。今回の流れについては、僕も非常に疑問を感じていますし、世の中の「著作権」を始めとした知的所有権の扱われ方の流れについてもおかしいと感じています。47氏の逮捕はそのような問題の象徴的存在ですし、47氏を支援することによってそのような問題に対して意思表示をすることはとても自然なことだと思います。僕個人としては心の中で折り合いがつかないということを言っているだけですので、あしからず。
★後ろ向き問題
そして今回の一番大きな問題は、この逮捕が社会が後ろ向きであることの現れの一つであるということです。世の中は既得権益保護に向かっています。CCCD技術の採用、輸入CD関連の規制なんかもその流れです。
知的所有権に乗っかってすでに商売をしている人たちがいて、彼らは社会的に重要な役割を果たしています。それでご飯を食べている人がいて、その人たちとその家族の生活がかかっています。それはわかります。しかし、それを何が何でも守る方向に社会全体(あるいは権力)が動いていることは問題だと感じます。
僕は、新しいビジネスモデルや技術が既存の業界の権益を侵してどうしようもなくなったら、原則として既存の業界ががんばって新しい方法でそれを乗り越えるか、それが出来なければつぶれるか縮小すべきだと思います。社会のルールを作り替え、権益を侵すことを禁止するルールを新たに作るのは間違っていると感じます。
もちろん、winnyの件での逮捕をこの文脈と同列に扱えるかと言えば、一概に言えない部分もあるのですが、すでに社会的にはこういう流れの中で理解されているように思います。社会全体がそういう方向に進んでいることに強い危機感を覚えます。
このことについては、他の人も多く議論していますし、ここではこの程度で。
★最後に
というわけで、これまでの流れについて自分の意見をまとめてみました。書くべきことで、まだ書いていないことが二つあります。
一つは、「winnyみたいなツールでコンテンツを気軽にやりとりできる社会が来るべきか」ということです。これについて、白いしばしは「きちんとルールを作って権利侵害をしない状況にしてからやるべきだ」という意見を持っており、黒いしばしは「そんなことをやっても社会は変わらない。今の著作権者の権利行使の仕方の方が変なわけだから、大筋ではそんなに悪いことではない、さっさとやっちまった方がいい」と感じています。自分ならやるかと問われれば、やりません。他人がやったことをどう思うかと問われれば、「きっと歴史が裁くだろう」と言うでしょう。
もう一つは、さてこの事件を足がかりにしてどんな楽しいことをするかということです。これについては宿題にさせてください。やれるとしても時間がかかりそうです。
今日はここまで。
コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-31 23:24:13
| ■ Unknown | |
| 書いてあることは概ね同意ですが、著作権法をいくら読んだところで無意味ですよ。47氏は著作権法違反の「幇助」の容疑を問われているわけで「著作権法違反」の容疑を問われているわけではありません。「幇助」は刑法です。ですから、著作権法なんか読まなくていいので刑法を読んでください。これは著作権法の解釈ではなく刑法の解釈の問題です。 | |
| からし男 (2004-06-09 00:43:42) |
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